タヌキがゆく

遠軽町《 タウンレビュー 》

武利森林鉄道(むりいしんりんてつどう)の走っていた旧丸瀬布町(現遠軽町)のあらまし

道東の紋別郡にあり北海道オホーツク総合振興局管内の町。

1946年8月に旧・遠軽町から離脱し丸瀬布村となり、丸瀬布町を経て2005年10月1日再び 遠軽町,生田原町,白滝村と4町村合併して遠軽町となった。

四方を山に囲まれている町で町のほとんどは森林で町北部を東西に国道333号石北本線が走っている。

住民基本台帳人口、2,019人/2005年9月末)/旧丸瀬布町

丸瀬布駅ー札幌 3時間24分/3,660円/JR普通/242.4km

丸瀬布ー(旭川)ー(旭川空港)ー(羽田空港)ー品川 5時間34分/40,700円/JR特急ーバスーANA-京急

武利森林鉄道(むりいしんりんてつどう)について

(総延長1945年当時営業キロ)約80 kmの武利森林鉄道(むりいしんりんてつどう)

かつて1928年(昭和3年)7月2日 - 武利森林鉄道・武利幹線完成以来、戦前・戦中・戦後に欠けて、森林伐採とともに新規路線(支線)を付設(廃止)し、以来1960年開通の 濁川軌道まで支線敷設を続け、1962年7月 - 武利幹線休止まで34年間に渡り軌間:762 mmの軽便鉄道が走って、道東の森林資源開発を担っていた。

武利森林鉄道(むりいしんりんてつどう)のあった旧丸瀬布町のこれまでの歩み

1869年 - 北見国紋別郡と命名され、和歌山藩の支配地となる。
1875年(明治8年) - 紋別郡湧別村の一部となる。
1897年(明治30年) 5月7日、北海道同志教育会の入植団30世帯(新潟県・山形県出身)が湧別海岸に到着。学田農場に最初の入植。
1901年(明治34年)2月1日 - 遠軽郵便局開設(遠軽の地名の起こり)。

1910年(明治43年) - 紋別郡湧別村から紋別郡上湧別村(後に上湧別町、現湧別町)が分村。
1919年(大正8年) - 紋別郡上湧別村から紋別郡遠軽村として分村。

1925年(大正14年) - 遠軽村から生田原村が分村。

1928年(昭和3年)7月2日 - 武利森林鉄道・武利幹線、カムイルベシベ(湯の沢)支線、トムルベシベ(上武利)支線、五十一点沢軌道(一次)開通。

1934年(昭和9年) - 遠軽村が町制施行、遠軽町となる。

1935年(昭和10年) - 五十一点沢軌道廃止。

1941年(昭和16年) - 七の沢支線、五の沢軌道開通。
1942年(昭和17年) - 上丸瀬布線開通。
1943年(昭和18年) - 五十一点沢軌道(二次)開通。
1944年(昭和19年) - 十二の沢支線、小金沢軌道開通。

1946年8月1日 - 紋別郡遠軽町から白滝村とともに分村、紋別郡丸瀬布村誕生。

1953年10月1日 - 町制施行し丸瀬布町となる。

1947年(昭和22年)五十一点沢軌道廃止。丸瀬布営林署設置。
1949年(昭和24年) - 上丸瀬布線、小金沢軌道、五の沢軌道廃止。
1950年(昭和25年) - 湯の沢支線廃止。
1951年(昭和26年) - ディーゼルカー導入、運用開始。
1952年(昭和27年) - 十の沢軌道開通。
1953年(昭和28年) - 十三の沢軌道開通。
1955年(昭和30年) - 十の沢軌道廃止。
1957年(昭和32年)濁川支線開通。同年蒸気機関車の運用を廃止、内燃機関車に統一。
1958年(昭和33年) - 十三の沢支線廃止。
1960年(昭和35年) - 濁川軌道開通、十二の沢支線廃止。
1961年(昭和36年) - 上武利支線、七の沢支線廃止。
1962年(昭和37年)濁川支線、濁川軌道廃止。同年7月 - 武利幹線休止。
1963年(昭和38年)4月1日 - 武利幹線廃止で全線廃止。
5月20日 - 森林鉄道輸送終了記念式(閉鉄式)挙行。

1981年 丸瀬布町開基70周年、分村35周年事業をして『いこいの森森林鉄道』完成 

1983年 いこいの森キャンプ村、子供広場オープン

2001年 「マウレ山荘」オープン

2005年10月1日 - 遠軽町,生田原町,白滝村と合併して遠軽町となる。

公開:2018年11月 6日
更新:2018年11月 6日

投稿者:デジタヌ

このエントリーをはてなブックマークに追加

奈井江町《 タウンレビュー 》TOP三笠市《 タウンレビュー 》




▲北海道の町へ戻る

 

ページ先頭に戻る