タヌキがゆく

アスペルガーの母子のための社会順応講座 第21回

※<本記事は12/23/2008に旧サイトで初稿公開したレビューのお引っ越し記事です>

シリーズ アスペルガーの母子のための社会順応講座

第21回 アスペルガーのお馬鹿母さんは気が利かない!?の巻き。

小生は最近 日曜祝日無しで、週に一度平日がお休みの職場に転職した。

平日は町に"お出かけ"してもそんなに混んでなく、雑踏が苦手な狸穴猫にもそれほどストレスが掛からないようなので、休日には毎週 気分転換に番(つが)いで"お出かけ"することに決めた。

お出かけと言っても、狸穴猫の"通院"に付きそって...と言うより付き添いを口実に町に『チョットお出かけ』する程度。

串カツやネギ焼きなどの"大阪のB級グルメ・ミニ紀行"としゃれ込んだり...通りすがりのチョット気になるカフェテラスに寄り道して、"番い"で仲良くコーヒーとケーキなどを戴いたりする訳である。

過日、狸穴猫と"お約束のお出かけ"で隣町のショッピングモールに出かけた時のことである。

とあるラーメン屋に入って"奥まったテーブル席の隣同士"の席に着き、ラーメンと大好物の"生ビール"を注文した。

そして待っている間に"小生の知り合いに出す携帯メール"を一本 狸穴猫に代筆(代打)依頼した。

小生は、携帯メールと言う奴が嫌いである。

何故か?...それは"キーボード"が無いからである!

アノ"何度も同じキーを連打しカナを並べてから変換"という動作が面倒でまどろっこしく、小生の"思考スピード"と合わず"イライラ"するためである。

話はそれるが、小生は予てからブルートゥースでも良いから、チャンとしたキーボードが繋げる携帯が有ればと願っている1人でもある。

ソンなわけで、"彼女は携帯メールに熱中"し始めた。

程なく大好物の"生ビール"が到着、用を頼んだ狸穴猫を労う?ために一口飲ませ、小生の前にジョッキを戻し、もうすぐ揃うであろう"メインディッシュ"のラーメンのために、薬味などを確認、小生の手の届く位置に置くように指示した。

所が狸穴猫はメールに熱中し薬味を手元に引き寄せない。

そこで業をを煮やした小生?が手で薬味のアリカを指示し、手を戻そうとしたその瞬間"惨事?"が発生した!

小生が右手でジョッキを弾き飛ばし、瞬く間にテーブルの上と床は"ビールの海"に...!

席を隔てて隣に座っていた子供連れのオバサンの口からは"ワー"と言う叫び声が...!

当たりは騒然とした雰囲気に!

小生が立ち上がり、 「済みませんダスター下さい!」 と店員に向かって大声で叫んだ! 当然お隣の子供連れのオバサンにも、 「済みません...、大丈夫ですか?」 と被害の有無を確認した。

「大丈夫でしたか?」 ...とダスターを持って程なく現れた店長さんにも、 「ご免なさい」 と不躾(ぶしつけ)を詫び 自身には被害が無いことを告げた。

NTで有ろう店長さんは這い蹲って、手で床を綺麗に拭いてから 「代わりをお持ちします」 と言って、新しいジョッキを持ってきてくれた。

小生は"教育の行き届いた店長さん"に再度の"詫びとお礼"を言いその場は治まった。

その間 狸穴猫は、 「全く、歳を取るとこれだから...」 等とホザキながら、立ち上がって店員を呼ぶわけでもなく、"平然と"携帯メールを打ち続けていた! ラーメンをすすり乍ら狸穴猫に、

『何で、立ち上がって店員さん呼ばんかったんや?』

『ハア...?』

『フツーの女房やったら、あんな場合は真っ先に立ち上がって、店員呼ぶのがフツーやろ?』

『ハア...?』

『店員さん呼ぶどころか、悪態附きながらメール打ち続けるとは何事や!』

『ハア...?』

『アレやったら、お前の軽蔑している、兄嫁の小竹(オタケ)姉さんより酷いヤナイか!』

『ハア...?』

『勘定する時でエエ(良い)から、店員さんに一言、"お詫びとお礼"言っときや!』

と小声で回りに聞こえないように諭した。

帰宅後、この話を愚息の"ヒイロ"に話すと、

『母さんそれは酷いよ!』

と"アスペちゃんの彼"でも母の対応の悪さを指摘していた。

小生も再度彼女に行動を問いただすと、

『お店の、奧の方の、おまけに隅の席で、店員さんが見通なかったし...、ドウしようかと一瞬迷ったけど...、立ち上がって店員さんを呼べなかったの。』

『それに(一度始めたら)終わるまでメールを中断出来なかったの!』

等と言い訳をしていた。

確かに手引き書"ええやんちがっても"の12ページにそれらしい症例が幾つか書いてある。

それでも怒りというかどうにも腹が治まらない執拗なデジタヌは

『ヒイロが幼児の頃 外に連れて行かんかったんか?、バカと食堂に入ったら食べ物をひっくり返したりすることショッチュウあったやろ?』

と問いただしてみた。すると、

『(彼は)多動(※1)が酷くじっとしていられないので、外に連れ出さなかったの!』

との答えであった!

『なるほど、それなら納得...』

...それにしても...、漫才の人生航路(じんせいこうろ)師匠風にボヤかせて貰うと、

「皆さんドオ思わはりますか!?...コラー聞いとるのか!?!そこのバカ女(アスペ)!...」

●そこでアスペの女性(母親)にデジタヌからの一言。

アスペでもアクシデントを想定した対応を繰り返し訓練(練習)すれば障害は克服できる!

日頃から、色んな場合を想定した"ロールプレイイング"を通じてNTのオバサン連中から、非難を受けないように努力しましょう!

この件に絡むアスペママさんのコメント募りま~す!

<この章終わり>

※1手引き書"ええやんちがっても" 8ページ参照

※<本記事は1旧サイトで初稿公開した本レビュー記事へのトリビュート記事?です、多くの反響ありがとうございました、御礼申し上げます。>

12/24/2008 さかい(てんぽ)さんのコメント。

デジタヌさんの側に圧倒的な非があるように思います。

はじめまして、アスペルガーライフblogさんの記事より参りました。

アスペではありませんが、コメントさせていただきます。

初めてのコンタクトで非難するのは大変失礼とは思いますが、率直な感想といたしましては、題名に書いたとおりです。

ロールプレイングを通じて克服できる問題もあるとのお考えには同意いたしますが、このお話に限って言えば、アスペに限らず予想外のハプニングでうまく動けない人はごまんといますし、ここからアスペに限定した結論を導くのはフェアでないと感じました。

気が利くというのは、受けられないのが当然だったサポートが幸運にも得られる、ということだと思うのです。

気が利くことを感謝されることはあれど、気が利かないことを咎められるいわれなどあってはならないと考えます。

それが咎められるということは、あって当然だと要求していることになります。

メールを代筆してもらうこと、薬味を取ってもらうこと、どちらもご自身でやるべきところを背負ってもらっているので、そのことについて、まず最初にはっきりと言葉で感謝の気持ちを伝えられた上で、一般的なマナーとして、同じグループの誰かの失態を一緒になって処理する姿勢について説明されていれば良かったのになあと、感想を抱きました。

12/24/2008 マルマル さんのコメント。

マルマルです。「あります、あります」

身内や友人など、親しい関係であればあるほど

「何ボーッとしてんのよ、謝りなさいよ(とか、挨拶しなさいよ)気が利かないわねぇ」 と、イライラする場面ってありますよね。

でも・・・AS者でなくても、何かに熱中していて、つい周囲のことを忘れて何かをミスして、誰かが代わりに謝ってくれていること、あります、あります。

私(定型)も、子供の頃、親の態度や対応のまずさに、 つい「すみません」と謝ったりしてました。

今は、夫や息子が「すみません」と私のウッカリや勘違いやボケを謝ってくれてます。

狸穴猫さんに、こんなに気遣いが出来て、妻の分まで頭を下げてくれるご主人がいらっしゃって 本当によかったなって思います。

狸穴猫さんは、私の尊敬する女性の1人です。

ASという特性に二次障害の発作的苦痛をおもちでありながら、ASと定型の両者を広く許容し、テーマを持ってブログを運営されている。

その、洞察力と姿勢には心打たれるものがあります。

体調不良や、過去の生きざまなどの記載に触れるごと、大変だなぁと思いつつ、ネット上の印象はとても立派なイメージなので 今回の、メール過集中の場面は、親しみ・・というか、狸穴猫さんをとても身近に感じるエピソードで、ちょっと微笑ましくすらあります。

夫婦の妻である立場としましては、

「メール代筆してくれている妻の前で、夫の過失でビールがひっくりかえったので」

どうぞ、旦那様が存分に謝ってくださいませ(笑)。

こういうチームワークがあることが幸せだと思います。

12/24/2008  ならんど さんのコメント.

はじめまして。

当方、アスペルガー症候群当事者で5歳児の母です。

はじめましてで批判コメントを差し上げるのは、つらいのですが正直な意見として書かせてください。

わたしもよく旦那にいわれますよ。

「これぐらいもわからへんのか!!」 って。

でも、それってすごく傷つくんですよね。。。

あと、その行為はダメって言っても、人と比べてダメとは言わないで欲しいです。

狸穴猫さんは、デジタヌさんにメールを打ってくれって言われてそれを忠実に実行してるんですよね。

アスペルガーの人にとっては、1度に2つのことを要求されるのは、ものすごく難しいことだと思うのです。

(私も実際に難しいです。。。) あと、おそらくNTの主婦の方でも、デジタヌさんが書いていらっしゃることは出来ないと思います。

最近のNT主婦には、気遣いていうもんが欠けている人も多いので。。。

一概に、アスペのせいで出来ないとはいえません。

他の方も書かれていますが、ここはデジタヌさんが狸穴猫さんに感謝を述べてください。

12/24/2008   狸穴猫さんのコメント

アホだ馬鹿だと言われても ...

さして気にしていないのよねえ。 というより、デジタヌ(タヌキ)がいると気を抜いて馬鹿をさらしていられるので、わたしゃ疲れない...というのが実情ですだ。 不思議な関係っしょ?

12/25/2008 マルマル さんのコメント:

マルマルです。「感じる部分」

デジタヌさんの「日記」に寄せられているコメントを読ませていただいて、思ったのですが AS当事者の方、またASの家族の方、定型者、また定型者でも夫婦関係で悩んでいる方・・・と、立場やその時の心境により、その感想は様々になりましょう。

私個人は、デジタヌさんの「妻への文句」の文面から、 妻への愛情と、AS者への理解や思いやりを感じました。 妻への愛情は「文章からにじみ出ている」という 私が感じた「コメントからの全体感」です。 AS者への理解は、文句を言いながらもちゃんと 「ええやんちがっても」を紹介されている配慮から伺えます。 愛情と配慮の無い文句や批判なら、眉をひそめて狸穴猫さんに同情を感じたでしょうが、少なくとも私は、日常のご夫婦の関係性が想像され、微笑ましさを感じてしまいました。 それと共に、「ASには感想というものが解らないかも」という狸穴猫さんの以前のブログテーマの議論に反し、それぞれの個性の豊かさが感じられる感想のコメントが新鮮でした。 よくお見かけする、さかいさんの「深さ」。ズンドさんの表現の「おもしろさ」など・・メッセージ感として、その人らしさを感じました。 デジタヌさんの求められた主旨には、はみ出した感想になりますが「どう思う、妻のこの愚行」と聞かれたら「ふぅん、なんやんや言っても、デジタヌさんたら奥さんのこと愛してらっしゃるのね」 こんな感想の持ち用もあると思います。

12/25/2008   さかい(てんぽ)さんのコメント。

マルマルさん、狸穴猫さんへ

デジタヌ様、個人的な連絡のコメントをお許しください。

マルマル様 フォローいただきありがとうございます。

マルマル様の適切かつ思いやりあふれるコメントを私いつも感心させられながら拝見しております。

ひょっと誤解をされているといけませんので、念の為お断りしておきますと、狸穴猫さんのブログでお見かけするいつも鋭い見解を示される「さかい」様とは別人でございます。

しろさんのブログでコメントさせていただいているのは私です。

狸穴猫様 お身内からのご説明ありがとう存じます。

そのあたりのご事情は薄々ながら察しておりましたが、それでも敢えて、批判的な立場でコメントいたしました意図については、後ほど弁明させていただければと思っております(まだ自分自身でも整理できておりませんのでしばしご猶予を)。

本来なら必要の無かった余計なお手間を取らせてしまったことと思いますので、お詫び申し上げます。 デジタヌ様にも、もし必要以上に不快な思いを与えておりましたらお詫び申し上げたく存じます。

12/25/2008  どん・きしょっと さんのコメント。

視点は複数

私も「はじめまして」なのに勝手なことを申し述べさせていただきます。

コメントを寄せられたみなさんは、それぞれ一理あると思います。

ただ、みなさんが一理つまり

「それぞれの、ひとつの視点だけ」から話していらっしゃるような、話がかみ合っていないような印象を受けます。

このような状況下では、

1)デジタヌさんから狸穴猫さんへの期待と配慮

2)狸穴猫さんからデジタヌさんへの期待と配慮

3)デジタヌさんから第三者への(期待と)配慮

4)狸穴猫さんから第三者への(期待と)配慮

5)第三者のデジタヌさんへの期待と配慮

6)第三者の狸穴猫さんへの期待と配慮

少なくともこれぐらいのものが(もっとあるかもしれません)、瞬時のうちに錯綜しつつ、なんらかの納まりどころを求めているはずですから。

私は当初、デジタヌさんのエントリーの意味を取りかねていました。

「気が利かない」

「フツーの女房だったらXXなのがフツーやろう?!」

などの表現があいまい、もとい多義的であるからです。

ごくごく普通の日常会話に使われる、ごく普通の表現であるわけですが、同時に、相手を故意に貶めたり傷つけたりしてやろうとする人間、相手の犠牲においてでもとにかく自分のメンツを救うことのみを考えるエゴな人間が使用して、まんまとその目的を果たすことのできる表現でもあるからです。

おっしゃった時の表情や声のトーンというヒントもないことですし、読んだだけではそっちの方であるとも取れるでしょう。

さかい(てんぽ)さんや奈良人(ならんど)さんなどは、この辺に敏感に反応されたのではありませんか?(見当違いだったらすみません) みなさんのコメントをふまえつつ何度か読み返し、おそらく狸穴猫さんご自身が理解なさっているように(これも見当違いだったらすみません)、

「かような場合にはかように行動するのがフツーであるがゆえに、そうしないとアンタが世間的にマズイことになる(からパターンを学習せよ)」

という、思いやりから出た発言であったのだろうと解釈するに至っています。

デジタヌさん、どうでしょうか? ヒイロさんの

「母さんそれは酷いよ!」

も、正確にはなにをどのようになにゆえに酷いとおっしゃったのか、うかがってみたい気がします。

デジタヌさんに賛成したのでは、必ずしもないかもしれないですよね・・・。

また、これは必ずしも「ASのお母さんの問題」とも限らないと思います。

世間様への対応という点では同種とも言えます。

しかし幼児が暴れた騒いだ場合には、問答無用で親に全責任がありますが、生ビール事件では狸穴猫さんには過失も責任もなく、かつ当事者であるデジタヌさんに事態を掌握して処理する能力が完全にあったという点から見ると、違う話であるとも言えますし。

長々しくすみません。

大論文(爆)になりそうだったのを無理に縮めましたので、わかりにくいと思います。

申し訳ありません、そしてお邪魔しました。

 

12/26/2008  桃里  さんのコメント。

幼稚園ママ同士の行事や、親戚の法事の時などでは、いらない手伝いでもした方がいいかな。

あ、高機能ASD児の母で、ASの桃里です。

はじめまして。

狸穴猫さんにASの旦那様がいると聞いておりましたが、ブログがあるのははじめて知りました。(見えていなかっただけかもしれまへん)

うーん  携帯メールのことですが、(よく知らないけど)モバイルにすれば、キーボードで打てるのでは、 と思いました。

あれ...それともモバイルでは通話やメールは使えなかったっけか...? 携帯じゃないけど、PHSのウィルコムの「ZERO」とかそんなだったような気もするのですが...?

  キーボードがあり、一応かけにくいが電話もかけられると聞いたような...うーん... (↑ちゃんと調べてから書きなさい(汗))

では本題ですが、私の夫はNTタイプ(定型発達タイプ)なもので、「夫がやっちゃった」ってことが、そもそもあまりなく、私や子供ならともかく、夫がテーブルを泡立つ海にしてしまうという想定が、まず難しいですね(・・;) でもあえて想定するとしたら、大人が二人もいれば、まあ、やっちゃった時は片方がメイン、片方はサブとなるでしょう。

二人とも大人なので、基本的には「やっちゃった」ほうが謝ったり人を呼んだりするのが筋で、自分でしようとする人の方が、周りの好感度も高いと思いますよ。

サブの人は、もしメインの人が全部を処理するのが大変そうだったら手伝う、ぐらいでしょうか。

倒した本人+お店の人で処理している方が、結局のところあまりバタバタせずにすんで、周りへの配慮という点ではまだましかもしれません。

ちなみに、「夫婦」と、「飲食物をしょっちゅうひっくり返す子供+お母さん」の組み合わせでは、状況が同じでも、意味自体は変わってきます。

「幼い子供+母のみ」でその状況になった場合は、母は「保護者」ですからね、こっちが責任取らねば子供だけにまかせては惨事が広がる一方なので、迅速に動かねばなりません。

上手に謝れない子供の代理として、謝ることも、子供のモデルとなることも必要になります。

デジタヌさんが言っていらっしゃるのは夫婦の「性別による役割分担」のことですからね、ちょっと「幼い子供と親」という組み合わせと同じに考えるのは、無理があります。

ただし、題の通り、「仲がとくに良くも悪くもない幼稚園ママ同士の行事での食事」や、「親戚の法事の食事の席」などでは、いらない手伝いでもムダな動きでもした方がいいかなと思います。

定型発達タイプの人が多数を占める、関係が中途半端な集団の場合は、そういう行動が好まれますね。

...ところで、ここで一つ、世のAS旦那様には衝撃的なことをお伝えしましょう(- -;) 私のNTタイプの夫ですと、何かをこぼしたら、物理的な助けがいらない限り、すべて自分で処理を当たり前のようにしますが...なんとそれだけではありません。

すべてが終わって店が平穏を取り戻した時...私に、

「大丈夫?ビールかからなかった?(´-`;)」

とたずねるでしょう。

「いや、位置的にかからないでしょ(・・;) かかってる気配がないの見て分かるでしょ」 と、いう状況でも、そう言います。 どうも、「いっしょにいた君にも迷惑かけちゃったね。

ごめんね」 という意味でそう言うらしいです。

「自分が失敗した時に、周りだけでなく同行した家族にも気を使う」という、NT夫のソーシャルスキル...み、身につけてみたいですか?(^^;) (狸穴猫さんがすごく嫌がりそうだ...;)

12/27/2008 08:22:06 : マルマル さんのコメント。

マルマルです「衝撃的でした」

桃里さんのご主人の「妻にも大丈夫?」の例、定型の私もドキッとしました。

ASの友人アス君に同行している時、様々な場面で、見るに見かねてこちらが第三者に頭を下げたり、それこそ拭いたり拾ったりのフォローこそあれ、 アス君に「大丈夫?」とか「濡れてない?」とか「痛くなかった?」とか・・・優しい一言が添えられていただろうか? 「アホやなぁ」

「あーホンマや」

の、夫婦や恋人同士の〈あ・うんの呼吸〉で良い関係もありましょうが、友人関係ならば、もっと相手への配慮が必要だったと反省しました。

桃里さんのご主人が、スペシャルな優しい人だとしても、この姿勢は見習うべきと思いました。

失敗したのが、お年寄りや幼い子供でも、今回のコメントはとても良い例でした。

定型者って、つい世間に対しての優先順位が高くなり、その反動で(その場)身内や親しい人にまで気が回らない、というか気が残らない場合多々ですもんね。

さて「いらない手伝い問題」ですが 私は、長男の嫁として夫の両親と同居していて、お正月など親戚が集まる席で、もくもくと食べていて、

『ほかの嫁さんこんなに動いているのに、長男の嫁がこんな態度ではいかん!』

と注意されました。

見れば、次男の嫁はエプロン姿でキッチンに張り付き、三男の嫁は、お酌や皿運びにいそしみ・・・、

『お義姉さんは、ゆっくりしてて』

などと言われて、確かにやること無いし「私しゃどうすれば良いんだろう?」とオロオロしたことがありました。

幼稚園や地域のイベントなどでは、とにかくリーダー格の人に、

『私は何をすれば良いでしょう』

とか、周囲の人に

『手伝う事ないですか?』と聞くにことに徹しました。

これは「経験が無いし、何をしたらよいか気も回らない」人の安全策で、AS者と定型者の両者に有効だと思います。

「聞く」ということは、定型者にとっても参加の第一歩で、内気な人には勇気の必要な行為ですが、このことが出来る出来ないで、その日の印象がずいぶん違ったことになるのではないかと思います。

今では、正月や法事など家庭という社会においては、指示する側になれましたし、地域や職場では、少しは聞き上手になれたかな、と過ごしやすくなりました。

12/28/2008 さかい(てんぽ)さんのコメント。

台本を演じるか、キャラクターを演じるか ?

全てのシチュエーションはロールプレイングとして捉えることが出来ますが、

その登場人物が台本重視で演じるかキャラクター(役割)重視で演じるか、

あるいは結果重視か過程重視かという捉え方の違いが、

ストーリーに対する感想や判断を分けるところだろうと考えます。

ある状況があったとして、定型者は恐らく、成果よりも、各々の役者が与えられた役に見合った反応を示しているかどうかを評価しますし、学習します。夫、妻、親、子、友人、恋人、先生、生徒、長男、末っ子、一番バッター、四番打者......これらは全て役柄とみなせます。

そして、夫は妻を妻は夫を思い遣る、親は子を守り躾け、子は親に従い敬う、一番打者は塁に出ることを、四番打者はそれをホームに返すことを仕事とする。

周囲がその役柄をどのように見るのかという視点から、その役柄に見合った思考回路を学習します。

そうすると、与えられた立場から次第にキャラクターが仕上がって、未知の状況に立ち会った時でも考える方向が見え易くなります。

台本通りに進めることよりも、応用が効くので、そのように捉えるのだろうと思います。

そのような訳で、それぞれが役を演じきっているならば結果としてどう振舞うかは私はあまり気になりませんので、正直に言えば、デジタヌさんと狸穴猫さんとの間で納得が得られている限り、それが一番良い答えなのだろうと思います。

幸い私は狸穴猫さんの記事経由でこちらに参りましたので、これがお二人のスタイルなのだろうと察してはいたつもりです。

その上で、この記事に対して、初期のコメントに定型者らしい率直なレスポンスがあると、揺り戻しで議論が多面的に広がるかもしれないという判断があって、コメントさせて頂いた次第です。

私にはなかった視点でのものの見方をたくさん見せて頂けて感謝しております。

12/28/2008 「 どん・きしょっと 」さんのコメント。

ウチとソト・夫婦は責任共同体?

『視点は複数』というコメントをさせていただいた者ですが、はしょりすぎて意味不明だったようで申し訳ないです。

視点(立場)は6個(かそれ以上)あると書いたのですが、おのおのが双方向ですので、実はすでに12個あったりします。

どんどんわけわかんなくなるので、とりあえずこの6(12)個は6(12)本の「横線」であると思ってください。

これらを「縦線」で区切ってみるとかなり単純化します。

すなわち、デジタヌさんご夫婦(オーバーですけど「加害者側」)vs直接の「被害者」側およびその他大勢からなる世間様に、大きく二分できるわけです。

ウチとソトですね。

それがいいことか悪いことかの価値判断はさておき、日本社会では

1) ソトの論理がウチのそれに優先する

ソト=世間様に迷惑をかけた以上、そちらへの対処を優先すべき。

「夫の依頼でメールを作成中」とか、「気まずい思いをしているであろう夫の精神的ケアをまず最初に」などは、完全な内部事情であり、そちらを優先すると身勝手、いけ図々しいと思われる。

2) 連れのグループは責任共同体とみなされる、

夫婦なら なおのこと したがって「妻自身には過失はない」「れっきとした成人たる夫は一人で責任を全うすべき」という正論は通らず、

「オマエもあやまれ(問題処理への努力をしろ)」という有形無形の圧力がかかる。

3) 問題がドメスティックな分野

である場合に、2)の圧力は女性に強くかかり、男性にはさほどでもないという不公平がある と、いうようなことになっていませんでしょうか?、

で、一体なにをもって「定型」とみなせばいいのか私にはよくわかりませんけど(現在の精神医学上の診断基準では計りきれない複雑ななにかがたくさんあるように思います)、

とりあえず世間様との無用の摩擦・波風を避けようとする人ならば、なんとなく1)2)ぐらいは意識的・無意識的に踏まえた対応をしている、あるいはするべきとは考えられませんか? そうしておけば、とりあえずまあ「常識的な人ね」で丸く治まる。

次いで間を置かずにウチ内部での相互的精神的ケア(いたわり合い)をしている図をも見せたとしたら、

「おお、常識的のみならず、いたわり深い人格者、できた奥さん(だんなさん)だわ?!」 

という、賞賛のまなざしを背にラーメン屋を後にすることとなるでしょう(笑)。

台本であれキャラであれ(同時に両方という気がします)、とにかくなにかを演じるという世界であるように思います。

わたくしも同罪でございますすみません、はいわたくしも問題解決に向けて努力しております、などのパフォーマンスが必要なのです。

実は真心はこもっていなかろうと、努力があんまり役に立たなかろうと・・・。

なにもしないよりは、あわあわしてる姿を見せるだけでも、見せないよりは心証がよいでしょう。

努力があまりに見当違いで、惨事を拡大するようでは逆効果なので注意が必要ですけども。

12/29/2008 マルマル さんのコメント。

マルマルです「全体責任」「班責任」

「どん・きしょっと」さんのコメントで思い出しました。

小学校時代の「班活動」。

1班、2班・・とグループ分けして、時間内で作業や課題が仕上がらなかったときは、その班は放課後残ったり、翌朝早く登校して班の皆で頑張って仕上げる。

班の中の顔ぶれは、気が利く者、気が利かないもの、器用な者、不器用な者、仕切りたい者、仕切られたい者・・・それぞれの個性を認め合い、それぞれが自然に役割分担して 「助け合うという感覚を育てる」 「複数でひとつのことを仕上げる楽しさを感じる」 そういうグループ体験を通して 他者への思いやりや関わりのあり方を学んできたように思います。

そうやって身につけるのは グループであるからには仲間の失敗も自分の責任になる という「認識」ですが、その認識がいつのまにか仲間の失敗をも とっさに謝るという無意識の「反射的感覚」となって身に付く というのが多くの定型者だと思います。

一つのテーブルにつく、家族や友人という親しい間柄では、そのうちの誰かがグラスや皿や箸を落としたりして、店員さんに世話かけたとき、本人と一緒に反射的に

『すみません』

とか

『有り難うございます』

などと口走ってしまうこと多々です。

反射的ですから「ここはひとつパフォーマンスとして」「批判されないようにリアクションとして」と演技感覚として努力しなくても、とっさに自然に勝手に、しちゃってる訳です。(しない、出来ない定型者も居ますが)

定型者の場合、本などでASの方の感覚を知識としては理解していても、とっさの場合に活用できなくて、つい責めてしまうことが多いと思います。

それは「そこんとこだけ出来ない」ことを忘れてしまうほど、 ほかの面が優秀だったり、そつがなく出来ていたり、人柄が良かったりして・・・つい「コミュニケーション感覚が違うのよね」というところを忘れてしまうからだと思います。

ASの方と接して思うのですが、つつがなくスムーズに会話やグループ行動が遂行していて「突然急ブレーキをかけられたような」違和感や決裂感が生じるのは、お互いの「反射的な思考や感覚」のズレが大きいときだと思います。

「一緒にごめんなさいを言う」 これは、定型者にとってもAS者にとっても、お互いの特質を考える とても良い場面例だと思いました。

狸穴猫 さんのコメント。

ああ...大失敗

URL: http://maminyan.blog5.fc2.com/blog-entry-239.html IP: blog5.fc2.com BLOG NAME: アスペルガーライフblog DATE: 12/24/2008 21:10:41 連載の途中ですが、ちょっと一息... 実は先週...いかにもアスペルガー的な大失敗をやらかした。 いわゆる 「アスペルガー症候群者は... -----

公開:2008年12月23日
更新:2017年7月25日

投稿者:デジタヌ

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