タヌキがゆく

アスペルガーの母子に捧げる社会順応講座2017 第2回 

新シリーズ 「苦節66年、障害と共に歩んできた我が人生。?」

第2回 ADHD診断確定と自主退職

時期的に、恐怖の「クリスマス・ウィーク」が迫っていたこともあり、勇気を持って心療内科を受診してみることにした。

[※年末のこの期間は個人的にも、業界的にも貨物事故・車両事故(商品破損や誤配送・車両事故・対物事故)が集中している]

通常3ヶ月待ちが常識!?の初診予約状況の中、が幸いにも偶然というか神の思し召し?と言うか、通院を決心した翌日12月1日の受診予約が取れ通院を開始したわけです。

初診当日に困っていること(症状)を訴えたところ、精密検査を待たず、即日お薬を処方していただけた。

人命に関わる仕事なので、緊急性を考慮して頂いた計らいだと思う。

[※トラックに限らずプロドライバーは、一寸した不注意で事故を起こし、人命を奪いかねない!]

それから数週間後に「精密検査」を受け、「ADHD」が確定した。

診断書が出たので、それを会社に提出して12月20日付けで自主退職した。

足かけ13年にも及んだ「プロドライバー」稼業を大事故にも遭わす無事に終えることができた。

今にして思うと、本当に運が良かったと思っている。

13年にもおよぶトラックヤロー人生で、貨物事故やマイナーな自損、物損事故は数多く経験したが?、「人身事故」だけはしでかさなかった!

会社を去る際にも、

「1年毎更新の嘱託契約で実質定年を延長してあげるから(ドライバーを)続けないか?」

という誘いもあったが、

「今が潮時だと想い潔くドライバー引退を表明し退職した。」

こと運転に限っては若いときから自信があって、集中力が落ちてさえいなければ、拍手喝采ものの神業を披露していたりした。

壁とのスキマ間ほんの1・2センチの狭所への車庫入れや、「ヒール&トー」を駆使したコーナリング、「カウンターステア」を使ったコーナリング(いわゆるドリフト走行)など、技を磨いては先輩・後輩に披露していた。

それは45才を回っても同じで、大型免許取得を難なくこなし、50才を回ってからのトラックヤロー人生でも運転技術で困ることは無かった。

プロドライバーになる前から運転には自信が有ったし、辞職するほんの数ヶ月前の適性検査でも反応速度(反射神経)、運動能力共に年齢の割にはすばらしい検査結果がでていた!

そんなことで前出のつまない事故?を起こす度に、

『あんたほどの腕前で何デヤネン?』

とよく言われたものであった。

<続く>

公開:2017年7月24日
更新:2017年8月 5日

投稿者:デジタヌ

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