タヌキがゆく

【鉄道フィクション】69年間待ち続けた男 第33話 悲願達成近鉄難波線開業

※<本稿は01/23/2008 に旧サイトで初稿公開した小説のお引っ越し掲載です>

"阪神・近鉄友情物語" ー在る鉄道マンの半生ー【小説】69年間待ち続けた男。

同年1969年(昭和44年)9月13日、京都線京都ー東寺間の連続立体交差事業が完成した。
8日遅れて21日未明前夜終電車終了後、取りかかった昇圧工事が終わり、

奈良線、京都線、橿原線、天理線、生駒線、田原本線で、始発電車から1500v運行が開始された。

そして、5日後の26日府道大阪中央環状線建設工事に伴う、八戸ノ里駅ー若江岩田駅間の高架工事が完成した。


同年11月地上12階地下4階の近鉄百貨店上六本店南館がオープンした。


そして、年の暮れ12月、近鉄志摩線24.5㎞全線の改軌・改良工事がスタートした。
同月5日には、上本町ターミナルビルに隣接した場所に近畿日本鉄道本社ビルが落成した。
阿部野橋から再び、上六に本社が戻ってきた。


翌日には、万博に向け急ピッチで建設されてきた地下鉄堺筋線が天神橋筋6丁目ー動物園前間で開業した。

大阪の町は翌年の大阪万博に向け沸き立っていた。


9日には奈良線の地下化工事も完成、真新しい奈良駅に快速急行がさっそうと到着した。


そして15日には鳥羽線の宇治山田ー五十鈴川間が開通、年末・年始の初詣客を待ちかまえた。


そして年の瀬12月末に難波線トンネルが貫通、難波駅に到達した。 

翌1970年(昭和45年)2月24日難波線に試運転電車が入線した。
同日北大阪急行電鉄が江坂ー万国博中央口間で開業。

前年11月10日に開業していた阪急電車の万国博西口駅とあわせ(大阪万博来場者に対する)万全の受け入れ体制が整った。


そして3月1日鳥羽線が全通、志摩線の全線改軌工事も完成。

上本町から賢島に直通特急の運転が開始された。


11日には、奈良駅ターミナルビルが完成。
同日、市営地下鉄千日前線の櫻川ー谷町九丁目間が一足お先に開通。

1970年3月15日には大阪万博が、華やかに開幕した。


開幕に遅れること1日翌15日に近鉄の悲願であった難波線約2キロが開通した。


それまで30分以上かかっていた、上本町ーなんば間を3分で結べるようになった。


開通祝賀会には勿論西宮鉄朗も駆けつけてくれた。

『布施さん、おめでとう御座います』
『お忙しいところ有り難う御座います、西宮さん、』
『遂にやりましたね、遂に!』
『はい、やっと完成しました。』
『先を超されてしまったなあ...。私も、ばんばらなくちゃー』
『その後、計画の進展はどうですか?』
『...いやーそれが、地元がもう反対で一向にラチがあかないんですよ!...』
『そうですか...』
『イヤ、失礼しましたコンナめでたい席で。』
『いえ、それはご苦労ですね。』
『苦労というより、徹路さんに申し訳なくて...。』
『なにをおっしゃいます、鉄朗さんそんなこと無いですよ。』
『いやー、あんな立派な駅を作って待って戴いていると思うと、申し訳なくて...。』
『いえ、そんな事は良いんですよ。大変でしょうが、ヨロシクお願いします...。』
『私も、全力を尽くして頑張ってみます。』


2人は固い握手を交わして分かれた。


<続く>

公開:2008年1月23日
更新:2018年6月17日

投稿者:デジタヌ

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