狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

第12話 現場復帰初日《連載小説》在る鉄道マンの半生 69年間待ち続けた男

※<本小説は12/20/2007に旧サイトで初稿公開した小説のお引っ越し掲載です。>

ー 阪神・近鉄友情物語 ー 第12話

翌3日は土曜日であった。


朝の朝礼で正式に、下請けを含む工事区の全従業員に紹介された。

杖をついた、徹路の姿に笑い声も聞こえたが、徹路は構わず全員の前で、名前と簡単な抱負を述べた。


初日は、井上主任について、各工区の下請け現場を見て回った。


『副所長』
『なんや...?、副所長はやめてんか』
『どう呼べば宜しいでしょうか?』
『井上はんでええがな』
『井上さん、工事の資材はどうしてるんですか?』


この頃になると、そろそろ鉄や、コンクリート等の資材が入手しづらく成っていた。


『ええ質問やな』

『......』

『それはやな、去年伊勢線の新松阪から大神宮前の間を廃線にしとるやろ』
『はあ、知りませんでした』
『ほいで、ついでに、江戸橋から新松阪駅の間も単線にしたんや』
『はい』
『それでやな、撤去して浮いた線路を今こないして廃物利用しとるちゅう訳や』
『はあ、そうだったんですか。』


戦時中も増線や改良工事が続けられたのは、こういう風な近鉄のやり繰り上手の為だった。


当日は土曜日でもあり3時頃、早々に仕事を切り上げ下請けが伊勢神戸駅(現在の鈴鹿市駅)に近い料亭で歓迎会をしてくれた。


徹路は酒も煙草も駄目なので、もっぱら、食べるだけであったが。

年配の古参芸者に

『あら、お兄さんお酒駄目なの、だったらこっちの方は?』

等といって逸物を握られたりしてからかわれたり、下請けの土木会社の現場監督に、説教めいたうんちくを聞かされたり。

終いには、

『歌でも歌えと言われ』

仕方なく、吉野の筏流しの木遣り歌などを披露したりした。

2時間ほどの、大宴会の末やっとお開きとなった。


後にも先にも、宴席に出たのはこれが最初で最後だった。

<続く>

 

公開:2007年12月20日
更新:2022年9月 5日

投稿者:デジタヌ

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