狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

第9話 近鉄入社《連載小説》在る鉄道マンの半生 69年間待ち続けた男

※<本稿は12/11/2007に旧サイトで初稿公開した小説のお引っ越し記事です>

ー 阪神・近鉄友情物語 ー第9話

その年は、従軍で負った足と心の傷を癒すことに専念し、年末には軽作業程度なら,

山仕事の手伝いも行えるまでに体力も回復していた。


その年(1943年昭和18年)の正月は久々に、家族全員が集うことが出来た。


恩師への年賀状に、近況と供に「体力も気力も戻ってきたし、そろそろ定職に就こうかなと考えております」旨を書き添えた。


翌年3月、帰還後半年が過ぎようとしていた頃、恩師から一通の手紙が舞い込んだ


[君もよく知っている関西急行鉄道(現近畿日本鉄道)にいる、僕の知人に君のことを話してみたら、『是非、我が社で迎えたい』と言ってきた、ついては3月15日月曜日、同封の紹介状を携えて、上本町の関西急行本社の建設本部長 山本 武 氏を訪ねるように]

と言うような内容だった。


戦時でもあり、そうでなくとも就職難のおり,体の不自由な身で第一線の技術者に復帰出来るとは考えても居なかった。

しかし、徹路の思いとは裏腹に内地の企業にとって技術者の不足は深刻であった。 


3月15日朝 その年の2月に新しく本社の移った阿倍野橋の関西急行鉄道に、大和上市から関西急行鉄道の電車で向かった。

軍服姿で杖をついている徹路は、電車の中ではひときわ目立った存在だった。


8時30分の始業までロビーで待ち、しばらくして事務員に応接室へ案内された。
しばらく待つと真っ黒に日焼けした、がっしりとした体格の初老の男が現れた。


『君が、布施君か?』
『ハイ、初めまして布施徹路と申しますヨロシクお願いします。』

ぶっきらぼうだが、暖かそうな人だった。
『まあ、かけたまえ。』

『......』

『早速だが、君のことは斉藤君から詳しく聞いている。』
『ハイ...』
『あすから、いや今日からでも我が社で働いて貰いたい所だが...』

徹路をじっくりと眺め、一呼吸置き
『まあ...、切りの良いところで、4月1日から僕の所に来て貰うことにしよう』
『はい...』
『所で、軍服はイカンゾ、軍服は...』
『ハイ、済みません。他に洋服を持ち合わせておりませんでしたもので...』
『そうか...、帰りに、となりの百貨店に案内させよう。』

『......』

『じゃー、今日の所はもう帰って良い...。』

『......』

『イヤ...少し此処で待ってなさい。』
『はい...』

彼は、応接室をそそくさと後にした。


しばらくして総務課の杉山という主任が、現れた。
『本部長の指示でご案内します。ついてきてください。』
つっけんどんで、無愛想な人だった。


その日は、背広とワイシャツの採寸をし家路についた。


<続く>

 

公開:2007年12月11日
更新:2022年9月 5日

投稿者:デジタヌ

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